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「何処に、行かれるのです?」
見目麗しい二十歳ぐらいの紅梅匂(こうばいにおい)の小袿(こうちぎ)を身に纏った女がある男に聞く。
牛車を用意するでも無く、女が問いかけた男は出掛ける装いをしていた。
走水干(はしりすいかん)の上に羽織りを着ると、男は一瞬だけ女を見る。
女のほうへ顔を傾けた男の花山吹(はなやぶき)色である走水干の菊綴(きくとじ)と赤い襟紐(えりひも)が少しばかり揺れる。
そして、さらりとこう言ったのだ。
「お前の知らないところへ」
しかし女に動揺の色はなく、男の瞳を見つめるだけだった。
まるで、さも赴く地を知っているかのように。
しばしの間、目を逸らすことはなかったが、階(きざはし)に視線を戻した男は女には視線を戻すことはなかった。
そして用意された草履を履き――、その場を離れた。
ふ、と女が扇子の裏で笑うような声がしたのだった。
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