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大石は泣いていた、今までこんな事はなかっただろう。
大石は強い人間ではないが、感情に左右される人間でもない。人生をいつも楽観的に生きようとして、周囲を笑わせようとする性格なのだ。
そんな大石が、今は心配と不安と悲しみから、うつむき涙を流していた。
相澤「──心配をかけてごめんなさい」
ふと、声が聞こえた。
大石が頭をあげると、相澤は目を開けてこちらを見ていた。
大石は心の底から込み上げる感情を押し殺し、なるべく普通に接しようと笑顔を作った。
大石「誰が心配するか、ボケ。もっと機体を大切にしろよな」
もちろんそれは本心ではない。自分の弱みを見せないよう、少しでもいつものように振る舞おうとしているのだ。
それは相澤にもよくわかっていた。
弱々しいかすれた声で、だがしっかりと相澤は話し出した。
相澤「じゃあ、さっきの話は聞かなかったことにしておきますよ」
大石「お前、さては寝たフリをしていたな?」
相澤「いえ、起きていませんでしたよ。でも、遊弥様の声は自然と耳に入ってきたので」
大石「便利な体だな、まったく」
相澤「遊弥様だからですよ、遊弥様の声で私は目覚めたんです」
大石「あっそうかよ。あ、それとな、その『様』はやめないか?前から言おうと思ってたんだけど」
相澤「ダメ……ですか?」
大石「ああダメだ、禁止だ。
……俺達は、そんなに離れた存在か?呼び捨てで構わないだろう。その……、なんだ……、許嫁なんだしな」
相澤「あ、照れてる」
大石「そりゃ照れるよ。自分で許嫁とかいってさ、恥ずかしいったらありゃしない」
相澤「じゃあ改めて……、
遊弥、これでいいですか?」
大石「ああ、上々だ」
お互い笑顔を見せ合い、見つめ合う二人。
その顔はどんどんと近づいていき、互いの息がかかるまでの距離まで近づいていく。
紅潮する顔、目をゆっくりとつぶり、互いの唇が触れ合おうとし、それを傍観者が見ている。
とっさに大石は離れた。
大石「お、おい!居たなら一言くらい言えよ!」
慌ててごまかす大石。部屋の入口に立つスーツに身を包んだ歳のいった男が、大石の隣まで歩いてきた。
相澤は呟くように言った。
相澤「大石 輝彦様……」
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