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「ママ…ママ!ママってば!」 カズ君の呼びかけにはっと我に返ると、カズ君が少し呆れたようにため息をついた。 「大丈夫?」 「え、何が?」 そう言いながらも、アタシは止まっていた手を再び動かし始めた。 昔のことを、思い出していたなんて言えない。 「男」だった… いや、 「篠田紀之」だった 「アタシ」 カズ君は、アタシの過去を知っている数少ない人間だけど それでも、知らないことの方がずっと多い。 いま、女になったアタシは小さなバーを経営している。 『BAR chocolate』 従業員でボーイのカズ君と、大量に買い込んだチョコレートをお客さん用にカードを添えて仕分けしている最中だった。 「昨日からちょっと変だよ」 「そんなことないわよ」 「変。いつもは前日まで買ってこないバレンタインチョコを、こんなに早く買ってくるし」 訝しげなカズ君をよそに、アタシは真っ白なメッセージカードに視線を落とす。 宮原さんにはなんて書こうかしら。
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