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「ねえ、お母さん」
しょりしょり。
「私、なんで入院してるの?」
そうなのだ。先ほどから随分ゴキゲンな会話を繰り広げてきたが、そもそも私はなぜこんなところで呑気に寝転がっているのか。それがどうしても思い出せない。たしか昨日は給食にロールキャベツが出て、テンション上がって「グ~!」とか叫んじゃって、放課後にいつもより長い時間、図書室で受験勉強をしたはずだ。そのあとは・・・・・・。
「あんた、貧血で倒れたのよ。それでこの病院に運ばれて、検査してみたら脳に腫瘍が見つかったの」
「そうだったんだ、貧血で」
しょりしょり。シュヨウって、あの腫瘍?
「うそ。なにそんな重いことあっさり言っちゃってんの」
「冗談よ。貧血の処置で腫瘍なんて見つかるわけないでしょ。さ、むけたわ」
がぶり。
「お前が丸かじりするんかい!」
「やあね、毒味してあげてるんじゃない。これ若干悪くなってきてるから」
娘のお見舞いまでスーパーの見切り品かよ。その主婦根性にはまったく恐れ入る。
「まあリンゴは別にいいけどさ。お母さんにしては冗談がブラックすぎない?」
なにせ昨日の記憶も曖昧なのだから、特に「脳に」という部分はシャレにならない。正直、一瞬泣きそうになったもん。そんな患者の心細さがちゃんと伝わったのか、母は椅子に座ってからはじめて私の顔を見据えた。
「本当に重い病気の患者、しかもそれが子どもだったら、みんなどうにかして隠し通そうとするでしょう?もちろんさっきみたいな冗談を言ったりはしないわ。つまり、あんたは大丈夫ってことよ。安心しなさい」
明らかに矛盾している理屈なのに、すべてを包み込むような微笑みを向けられると、正しいような気がしてきてしまう。母親というのは催眠術でも使えるんじゃないかと時々思う。私は渋々うなずいた。
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