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これ以上話してても無駄、というより、話すこともないと思い、鞄を手にして立ち去ろうとする。
「帰っちゃうの?
凛々ちゃん」
「話すこともないですから。
さようなら」
「嘘だ。
聞きたいくせに」
その言葉に、私は足を止めて振り返った。
「…なにを…?」
オレンジの夕日を背に受けて、向上先生の茶色の髪が透けて見える。
逆光が目に刺さり、私は思わず顔をしかめた。
――ぐいっ!
「!!」
次の瞬間、気付けば向上先生は私の腕を掴み、引っ張るように歩き出した。
「…い、いたいっ」
抗議を口にするも、どんどん進んでいく向上先生のスピードについて行けずに、足がもつれる。
倒れそうになる反動で、いつの間にか目の前まで迫っていた白いコンクリートの壁に手をつくと、そのまま体を返されて、背中にひやりと冷たい感触が伝わった。
「…な、……」
後ろには、壁。
そして私を囲うようにして壁に手をついている向上先生が、笑っている。
夕日を遮り、私に影を落としながら。
「…な、にする…」
「聞きたいんだろ?」
向上先生の茶色の目が、眼鏡の奥で細められる。
「なんで、加賀高雄がダメなのか。
…好きになっても、報われないのか」
「…っ」
無意識に盾にしていた、胸の前で抱えた鞄を握る手に、ぎりっ…と力が入る。
「あんたと加賀の恋には、…未来がない。
どんなに好きになっても、…泣くだけだ」
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