木曜日の憂鬱

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ほんの少しだけ開けていた部屋の窓から、朝の住み込みさんの練習の音が聞こえ始めた。 …洋介さんの、音色。 日に日に上達していく洋介さんのそれを聞きながら、私は鞄を手にして部屋を出た。 「…高雄?」 玄関に向かうと、高雄がまるで通せんぼするように、壁に寄り掛かっていた。 「…おいで」 「え?」 おもむろに手を取られ、くるりと方向転換させられる。 「ちょっ…、なに? バスに遅れちゃうよ」 「車で送ってく」 「は?」 向かった先は、裏の勝手口にあるガレージ。 高雄は助手席のドアを開け、少し乱暴に私を車に押し込んだ。 …なにこれ、拉致? ただならぬ高雄の様子に、驚きを隠せない。 「…なんなの?」 「なにが」 「なんで、送っていくなんて…」 「今日、日本文学の授業があるだろ」 「一緒に行ったらバレるじゃん!」 「じゃあ、お嬢が不機嫌な理由はなんだよ」 「……」 言葉に詰まる私に構うことなく、高雄は無表情で車を発進させた。 「…俺に、言えないこと?」 前を向いたまま、高雄が尋ねる。 高雄は、いつもそう。 些細な私の変化も、見逃さない。 「…言えないことだよ」 「…好きな奴でも出来たか」 「ち、違うっ…」 慌てて否定すると、いつの間にか高雄の口元は、無表情から意地悪な笑みに変わっていた。 .
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