木曜日の憂鬱

9/14
前へ
/244ページ
次へ
何かあった、なんて、言えるわけない。 「……なんで何も言わないの」 「…なんにもないからだよ」 「お嬢…」 「高雄が言ったんじゃない。 言えないことがあるなら、それでもいいって」 いたたまれなくなって声を荒らげてから、ハッとする。 これじゃあ、“向上先生と何かありました”と白状しているのと同じだ。 「……」 「……」 閉じたドアの向こうから、生徒たちの足音と笑い声が聞こえる。 まるでこの部屋だけが日常から切り離されたように、シンと静まり返っていた。 最初にその沈黙を破ったのは、高雄のため息だ。 「……分かった。 今回は、何も聞かないよ」 「……。 ごめん…」 「でも、お嬢が泣かされでもしたら直接彼に問いただすから、そのつもりでね」 「……高雄。 笑ってるのに怖いんだけど…」 「お嬢を守るためなら、鬼にでもなるよ? そのために俺がいるんだから」 いつもの笑顔に戻った高雄は、「そろそろ戻ろうか」と扉に手をかけた。 「……高雄」 その後ろ姿を、呼び止める。 高雄はすぐに振り返り、首を傾げて私の言葉の続きを待っていた。 「私のこと、好き?」 一瞬、高雄の瞳が大きく見開かれる。 ゆったりと私に向き直って、高雄は扉に体重を預けると、古い引き戸は軋むように静かな部屋に音を立てた。 「……一番、大事だよ」 ――高雄は、“好き”なんて、絶対に言わない。 分かっていたことなのに、向上先生の呪文に囚われていた私には、その答えが、ひどく排他的に感じられてしまって。 すがるような気持ちで、高雄を見上げた。 「高雄。 ……キスして。 今、ここで」
/244ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3613人が本棚に入れています
本棚に追加