木曜日の憂鬱

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こんな、誰が来るかも知れない校内で。 古くて薄い引き戸の向こう側には、ひっきりなしに誰かが歩いていく。 そんな場所で、生徒である私にキスするなんて、高雄には何の利益もないわけで。 それ以前に、私を宥める術を、高雄は誰よりも知っているだろうに。 「いいよ。 お嬢が、そうしたいなら」 なんてことないように微笑む高雄は、私の腕を掴んで引き寄せる。 身体を密着させるでも、抱き締めるでもない微妙な距離感は、いつものこと。 近付いてくる高雄の唇に目を閉じながら、…自分のズルさに、悲しくなった。 だって、分かってたから。 高雄は絶対に、私を否定しないって。 もう充分過ぎるほど分かっているのに、…それでも、高雄の中の自分の存在を確立させようとしてる。 多分、不安だから。 私の欲しがるものは全て与えてくれる高雄だけど、彼が私を求めてくれることはないから。 ……じゃあ、高雄にとって私は、なに? ずっとずっと胸に燻っていた疑問が、向上先生によって火をつけられた気がした。 ほんの少し、湿った音を立てる重なった唇。 このキスの意味を欲しがることが、もしかしたら罪なのかも知れないな、と、ぼんやりと考えていた。 .
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