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「……もしもし」
私に背を向けて、電話をとる高雄。
そのまま仕事部屋に入ろうとする瞬間、受話器から零れた声に、私の良すぎる耳が反応した。
…女の人の、声。
嫌な予感がする。
パタン、と目の前のドアが閉まり、高雄の背中が消えていった。
…やだな、こんな気分のときに限って。
嫌な予感ほど当たるって言うけど、私のこれは、確信に近い諦めなのかもしれない。
だって、この光景を、私は何度も見ているから。
「お嬢」
予想通り、ほどなくして出て来た高雄は、着替えて出掛ける用意をしていた。
「ちょっと、行ってくる。
…由利江さんには言っておくから、何かあったらそっちに行くように。
…わかった?」
「……わかった、よ」
由利江さん、とは、母屋にいるお母さんの妹で、私の叔母さんだ。
“出掛けてくる”じゃなくて、“行ってくる”と言うときは、…高雄は、朝まで帰らない。
どこに行くの?、なんて、流石に聞かないけど。
もう何度も何度も味わってる、敗北感みたいな空虚な気持ち。
それは薄まるどころか、…だんだん濃くなるみたいで。
明日の朝、……高雄は、あの女の人の甘い残り香を纏っているのだと思うと、
…千切れそうになる。
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