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「……あれ?」
母屋に来て、とりあえず由利江さんにお願いして客間に布団を…、と思って廊下を歩いていると、ふと、聞き慣れない音が耳に入った。
ほんの微かな、…多分、私のご自慢の耳だから聞こえるくらいの。
だけどその音は、この純和風の本家ではあり得ないものだった。
……ピアノ……?
その音を便りに、引き寄せられるように渡り廊下を歩く。
行き着いた先は、住み込みさんたちの住居。
一番手前、…洋介さんの部屋から、そのピアノは鳴っていた。
「…洋介、さん?」
控え目にノックをすると、その音はピタリと止まる。
そして、すぐに開かれたドアの向こうで、洋介さんが驚いたように目を見開いた。
「……凛々ちゃん?
びっくりした、…どうしたの?」
「…あ、えっと…。
…今夜、高雄がいないから母屋に泊まろうと思って…。
そしたら、…ピアノの音が聞こえたから、つい」
「ああ…」
洋介さんは納得しながら、苦笑いを浮かべた。
「ごめん。もしかして、うるさかった?」
「ううん。 私、すごく耳がいいから。
迷惑になるような音じゃないよ」
「なら、良かった。
…でも、これからは一応、ヘッドフォン使って弾くよ」
「……洋介さんが弾いてたの?」
「あ、うん」
洋介さんが身体を少しずらすと、部屋の奥には電子ピアノが置かれていた。
…そういえば、音大のピアノ科だったって言ってたっけ。
普段、琴しか触らない私はそれが新鮮で、背のびをしてまじまじと見ていると、洋介さんがクスクス笑う。
「どうぞ。 立ち話もなんだから。
一曲くらい、弾いてあげるよ」
「ほんとっ?!」
私は嬉しくて、ピョンと部屋に入り込み、トトト…、と足取り軽くピアノに向かった。
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