決められた道は、壊したくなる。

5/17
前へ
/244ページ
次へ
「……あれ?」 母屋に来て、とりあえず由利江さんにお願いして客間に布団を…、と思って廊下を歩いていると、ふと、聞き慣れない音が耳に入った。 ほんの微かな、…多分、私のご自慢の耳だから聞こえるくらいの。 だけどその音は、この純和風の本家ではあり得ないものだった。 ……ピアノ……? その音を便りに、引き寄せられるように渡り廊下を歩く。 行き着いた先は、住み込みさんたちの住居。 一番手前、…洋介さんの部屋から、そのピアノは鳴っていた。 「…洋介、さん?」 控え目にノックをすると、その音はピタリと止まる。 そして、すぐに開かれたドアの向こうで、洋介さんが驚いたように目を見開いた。 「……凛々ちゃん? びっくりした、…どうしたの?」 「…あ、えっと…。 …今夜、高雄がいないから母屋に泊まろうと思って…。 そしたら、…ピアノの音が聞こえたから、つい」 「ああ…」 洋介さんは納得しながら、苦笑いを浮かべた。 「ごめん。もしかして、うるさかった?」 「ううん。 私、すごく耳がいいから。 迷惑になるような音じゃないよ」 「なら、良かった。 …でも、これからは一応、ヘッドフォン使って弾くよ」 「……洋介さんが弾いてたの?」 「あ、うん」 洋介さんが身体を少しずらすと、部屋の奥には電子ピアノが置かれていた。 …そういえば、音大のピアノ科だったって言ってたっけ。 普段、琴しか触らない私はそれが新鮮で、背のびをしてまじまじと見ていると、洋介さんがクスクス笑う。 「どうぞ。 立ち話もなんだから。 一曲くらい、弾いてあげるよ」 「ほんとっ?!」 私は嬉しくて、ピョンと部屋に入り込み、トトト…、と足取り軽くピアノに向かった。
/244ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3613人が本棚に入れています
本棚に追加