決められた道は、壊したくなる。

6/17
前へ
/244ページ
次へ
初めて足を踏み入れた、洋介さんの部屋。 八畳ほどの和室に、スプリングベッドとローテーブルにテレビ。 それから、この和風の雰囲気には合わない電子ピアノが、畳の上にドンと居座っていた。 私はワクワクしながら鍵盤に手を置くと、ポーンと綺麗な音が響く。 「…ははっ」 共同キッチンにある冷蔵庫から、ペットボトルの紅茶と缶コーヒーを手にした洋介さんが、思わず笑った。 私が、“ネコ踏んじゃった”を弾き始めたからだ。 「やっぱ、それなんだ」 「だって私、ピアノってこれしか弾けない」 「弾けるだけでもすごいよ。 凛々ちゃん、琴以外には興味ないと思ってたから」 「小等部のとき、教えてもらったの。 私だって、ピアノに憧れたりする時期もあったんだから」 「へぇ」 「でも、全然だめ。 音符が読めなくて。 これだって、音と手の動きで覚えたもん」 和楽器と洋楽器とは、楽譜から根本的に違う。 だから私はピアノなんて憧れだけで終わってしまったけど、洋介さんは違うんだ。 …どうして、琴をやろうと思ったんだろう。 住み込みになってまで。 そんな疑問が頭を過ったけれど、それは一瞬で。 この曲を弾いた途端に、私はまた、美鈴を思い出していた。 だってこれは、美鈴が教えてくれたんだ。 日本舞踊の跡取り娘、として美鈴は、すごく厳しい教育を受けていた。 毎日、日舞の練習と、習い事や塾。 何度か家に遊びに行ったけれど、すごく息苦しい雰囲気だと、子供ながらに思った。 格式高く、妥協は許さない。 それが、あの家の印象だった。 「…どうかしたの?」 曲を弾き終えてボンヤリしている私に、洋介さんが首を傾げる。 「なにか、あったの? …不安で仕方ない、って顔してる」
/244ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3613人が本棚に入れています
本棚に追加