決められた道は、壊したくなる。

11/17
前へ
/244ページ
次へ
そして洋介さんは、目を伏せてふっと笑う。 「でも、きっかけは、本当に些細なことなんだよ。 あれ?って思うわけ。 いきなり。 …いつもと変わらないことが、突然、不可解になったりするんだ」 「いつもと、変わらないこと…?」 「そう」 頷いて、洋介さんは煙草をくわえたまま立ち上がる。 「“このコンクールで賞を取れたら、次はこのコンクールに出なさい。 そうすればいつか、お父さんみたいに有名になれるから”」 「……」 「両親に、子供の頃から言われてたんだよ。 何も、疑いなんてなかった。 賞を取れば、喜んでもらえるしね。 両親に言われるまま、言われた通りのコンクールに出場して、賞を取って。 それが、いつもと変わらないことだった」 ポーン、と、洋介さんのキレイな指が、鍵盤を叩いた。 「けどね、突然、思ったんだ。 数あるコンクールの中で、どうしてこれらを選んだんだろうって。 調べてみたら、なんのことはない。 …全部、父が指揮したことのある楽団が主催していたものだった」 左手には煙草を、そして右手で、ド・レ・ミ…と音階を奏でる。 私はそれを見ながら、やっぱりこの手はピアノに向いているな、と、ぼんやりと思っていた。 「道を示されてる、とは自覚していたけど。 まさか外れないようにレールまで敷かれてるとは思わなくて、結構な衝撃だったよ。 それで、大学のとき、自分で探した国際コンクールに出場したんだ。 父の息がかからない、正真正銘の、俺の実力を知りたくて」 まるで歌うように話す洋介さんは、ただただ力なく、指を鍵盤に滑らせている。 「けどね、ダメだった。 自分で探しだしたと思っていたそれも、父と関係があるものだったんだ。 バックについていた財団が、父と繋がりがあったらしくて。 そのときに、思ったんだ。 音楽を続けていく以上、父の手の平からは出られないんだ、って」
/244ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3613人が本棚に入れています
本棚に追加