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そして、軽やかな音楽を奏で始める。
……知ってる。
この曲、『アマリリス』だ。
「べつに父が関係してたからと言って、父が不正をして俺に賞を取らせた、とまでは思ってないんだ。
ただ、…どうしたって、『辰巳 洋介』じゃなく、『辰巳清四郎の息子』って見られるよね。
…昔は、それが誇らしかったのに。
突然わき出た不信感のせいで、息苦しくなった」
明るい音階のせいで、それは何でもないような話に聞こえてしまいそうだ。
……だけど、それは洋介さんが抱えている傷そのもので。
その悔しさとか不安とか、やりきれなさが伝わってくるみたいで、私はただ、キュッと唇を噛んで、黙るしかなかった。
「そんで、まぁ、俺は男だし。
別に両親が怖いわけじゃなかったから、分かりやすい反抗期になったわけ。
ピアノも、他の音楽の勉強も全くやらなくなった。
大学も辞めようとも思ってたし」
ピアノの横に置いてあった灰皿に煙草を置いて、洋介さんは両手で、次はドビュッシーの『月光』を弾き始めた。
「……これ」
「知ってる?」
「うん……。 最近、琴で編曲したのがあるから」
「さすが」
私を見ないで、洋介さんは笑った。
洋楽なんかほとんど知らない私が、すぐに曲名まで分かったのは。
『アマリリス』も『月光』も、琴のアレンジで楽曲にあるからだ。
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