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「俺が入ってたサークルね、“自分が触ったことのない楽器をやろう”みたいなコンセプトだったの。
といっても暇人が集まって無駄に人数だけ多くて、ほとんど飲み会サークルみたいな感じだったんだけど。
だけど、文化祭ではなんかやらなきゃいけなくて。
じゃあうちの学科にはない、琴で、有名な『月光』を弾いてみようってことになったんだ」
「初めてなのに、『月光』って……」
あまりの無謀さに、呆気にとられた。
クラシックを編曲した楽曲だ。
いくら元の音楽を知ってるとはいえ、そんな複雑なの、初心者にはハードルが高すぎる。
私が言わんとしてることが分かっているのか、洋介さんはピアノの手を止めることなく、可笑しそうに笑った。
「そう。 はっきり言って、ナメてたの。
楽器なんて、どれも同じだと思ってた。
だから、…あの衝撃は忘れられない」
ピタリ、と音楽が止まった。
洋介さんは息をついて、灰皿に置いていた煙草を、再びくわえた。
「出来なかったんだ、全然。
まず、音符のない楽譜なんて初めて見たし。
縦書きで、漢数字ばっかりで。
なんとか音階を理解しても、調弦が分からない。
調弦が出来ても、弾きかたが分からない。
…初めてだった。
ピアノもバイオリンも、トランペットでも、難なくこなしてきた俺が、出来ないことがあるなんて。
……父の手の中で教え込まれた音楽の世界に、知らない場所があったことが、すごく、衝撃だったんだ」
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