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じっと神妙な顔をして見上げる私を見て、洋介さんはふっと笑う。
「それから、めちゃめちゃ練習したんだけど。
やっぱり初心者だけの集まりじゃ無理があって、結局『アマリリス』になったんだ」
「……それで…」
「うん?」
「それで、…琴を始めたの?」
「……負けず嫌いなもんでね。
天狗だった自分の鼻をパッキリやられたまま、終わりにしたくなかったんだよ。
それに……」
洋介さんは私から目を逸らし、もう一度、ピアノに手を置いた。
「それに、……やっぱり、父の世界から抜け出したかったのも、理由かな」
「……。 お父さんは?」
「さすがに、唖然としてた。
一時的な反抗期かと思ってたみたいだからね。
“お前はピアノしか取り柄がないだろう。 何が不満なんだ”って、……まぁ、怒るのを通り越して、呆れてたんだろうな」
「…ひどい…」
「だね。 もうハタチも過ぎてたし、親に見放されたからって傷付くことはなかったけど。
…けど、“自分と同じ道を歩む自慢の息子”にしか期待してなかったって、改めて確認させられた気がして……、悲しくはなったよね。
何をしてたって、俺は俺なんだけどなって」
「……」
「だからここが逃げ場なんだ。
しがらみが何一つない、“辰巳洋介”が評価される。
……同じ音楽の場所に逃げ場を見つけたぶん、俺はラッキーだったと思ってる」
最後の含みを持たせる言葉に、あ、と思った。
…そうか。
美鈴はきっと、…その逃げ方を、間違えているのかも知れない。
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