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――なんで、こんな日に。
この場所で、こんな気持ちの時に、彼に会ってしまうんだろう。
雨の音に消え入るくらいの声ですすり泣く美鈴と、不安をもて余す自分をなんとか宥めて、美鈴を玄関まで送り届けた。
びしょ濡れになった美鈴を見るや、お手伝いさんは慌てふためいて、とりあえずお風呂の準備をしてくれて。
「凛々ちゃんも上がって」と言われたけれど、丁寧に断り、美鈴の家を後にした。
美鈴は、何も言わなかった。
私も、何も聞かなかった。
この先どうなるかは分からないけど、――ただ、今は。
今は、美鈴に何を聞いたって、話してくれないだろうと思ったから。
なら早く身体を温めて、疲れた身体と心を、解放してあげたかった。
私がこれ以上詮索をして、美鈴の傷をえぐってしまったら、本当に彼女は壊れてしまうかもしれない。
私も、美鈴のあんな姿を目の当たりにして、…それ以上の衝撃を受け止める覚悟もなかったんだ。
背徳感と、罪悪感と、不安。
それらで一杯の私が、重たい足を動かし、路地から大通りへと戻ったときだった。
路肩に横付けされた黒いベンツの四駆。
その傍らに、傘を差して佇んでいたその人を見つけて、私は足を止めた。
「…こんにちは、凛々ちゃん」
「……なんで……」
「たまたま、見かけたから。
…びしょ濡れだったお友だちは、ちゃんと帰ったの?」
「……見てたんですか」
「見かけたんだよ」
「……」
そう言って、ふっと綺麗な笑みを浮かべるのは、向上先生だった。
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