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たぶん、私はひどく疲れてたんだと思う。
いつもならこの時点で踵を返すはずだったろうに、この時は何故か、彼の前から動こうとしなかった。
頭と気持ちがいっぱいいっぱいだった私には、向上先生と言えど、見知った顔に出会えて、安堵で今にも事切れてしまいそうだった。
「…目が赤いね。
凛々ちゃんも泣いたの?」
「……」
「雨、ひどくなって来た。
とりあえず、車に乗りなよ。 送ってくから」
「…でも…」
私が濁すと、向上先生はくすっと笑った。
「変なことはしないって。
まあ、…説得力はないけど」
「……最低……」
「でもねぇ、この雨の中、こんな隙だらけで泣きながらフラフラしてる女の子を、ひとりじゃ帰せないよ。
期間限定とは言え、今は清流学園の先生だし」
私が逃げる様子がないことを察してか、向上先生はのんびりとした動作で、後部座席のドアを開けた。
「後ろなら、いいと思わない?」
「………」
にっこりと笑顔を向けて、私に乗るように目で促す。
私は黙って頷くと、ゆっくり車に近付き、傘を畳んだ。
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