彼は容赦がない。

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「寒くない?」 ルームミラー越しにそう聞かれて、私は「大丈夫です」と答えた。 「それにしたって、何であんな場所にいたの。 凛々ちゃんの家、反対方向なのに」 「……」 車に乗り込んですぐに、私の住所をカーナビに打ち込んだ向上先生は、不思議そうに首を傾げている。 外は雨。車の走る音。 車内には微かにだけど洋楽が流れていて、それらを理由に聞こえないふりも出来た。 私がそのままだんまりを決め込もうかと思っていると、向上先生がふっと笑ったのが分かった。 「ま、女子高生が泣くなんて、理由は限られるか。 大方、あのびしょ濡れの女の子が失恋したとか、そんな感じ?」 「…そ、そんな言い方…っ」 「わお。 当たりだ」 「…っ」 思いきり、地団駄を踏みたくなる。 悪びれないその後頭部を見ると、そんな気持ちになってしまった。 そんな、軽いもんじゃない。 美鈴のは、そんなんじゃ――。 「向上先生は、本気で人を好きになったことないからです」 「………」 「向上先生に、あの子の……、美鈴の気持ちなんて、分かるはずない。 そんな軽々しく、言わないで」 「軽々しく、ねぇ」 鼻で笑うような言い方をされて、私は、カアッと涌き出る感情を押さえられなかった。 「み、美鈴は…っ!! 自分が傷付くのも構わないくらい、本気で、好きだったのに……っ。 なのに、叶わないって…。 好きなだけじゃどうしようもない恋なんだって、あ、あんなに泣いて……。 …そんな気持ち、向上先生には、分からないでしょう……!?」 なんだか、美鈴を庇いたくなって。 美鈴の恋はそんな軽いものじゃない、と、私は悔しくなって、ボロボロと流れる涙と一緒に叫んだ。 「………」 車内に落ちた、ほんの少しの沈黙。 向上先生の背中からは、何も感じられない。 「ごめん、悪かったよ」と、口先だけの謝罪が欲しいわけじゃなかったけど、少しくらい、何か反応があってもいいんじゃない……。 ズズッ…と私が鼻を啜る音がやけに際立って。 やっぱり、この車に乗ったのは間違いだったと、腹立たしい気持ちになっていると。 「とは言うけどね、凛々ちゃん」 向上先生が、静かに口を開いた。 .
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