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「確かに、嘘はないね。
過去の部分は」
「……過去?」
「考えてもみなよ。
加賀は孤児として預けられて、峰岸先生は施設長の娘。
…同じ場所で暮らしてたからって、兄妹として扱われてたわけじゃない」
「……意味が……」
「わかんない?
まさに凛々ちゃんと同じ状況なんだけど」
「………」
黙って眉を潜めた私に、向上先生は前を見たまま、すっと目を細めた。
「思春期になって初めて異性を意識するとき。
幼い頃から当たり前に傍にいた相手がその対象になるのは、自然なことじゃない?」
一瞬。
周りの音が全て、その言葉に吸い込まれた気がした。
車が、ゆっくりと停車する。
薄暗いグレーの世界に、歩行者用信号が、ぼんやりと青く浮かび上がっていた。
のろり、視線を上げると、待ち構えていたようにミラーに写し出された、向上先生の綺麗な微笑み。
「あの二人の歴史は、長いよ。
それは今も、変わっていない」
――途端に。
私の記憶の奥隅から、あの甘くクセのある香りが漂った気がして。
峰岸先生と高雄の姿が、ふわりと重なった。
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