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やがて、歩行者用信号が点滅し始め。
それが赤に変わって、再び車が動き出すまで、私はただ、ルームミラーをじっと見てるしか出来なかった。
ふ、と目を伏せるようにして、運転を再開した向上先生には、もう笑みはなかった。
「あんたは加賀が好きなのに、峰岸先生と普通に接してるのを見て、分かったよ。
加賀は、ここでも嘘をついてるって」
「………」
「俺の恋人は峰岸先生だって、ちゃんと教えてやれば、あんただって振り回されることもなかったかも知れない。
可哀想に。
顔も知らない恋人なんて現実的に受け入れられないから、ずるずると加賀への想いを絶ちきれなかったんだろう?」
「……」
私は、ふるふると頭を振った。
「…た、高雄に、恋人がいること、…分かってたって言ったじゃない…!
それが、…峰岸先生だったって、だけで…。
だけど、…それでも…っ」
「違うだろ?」
精一杯の強がりを言った私を、向上先生の静かな声が遮る。
「恋人が誰か、なんて、些細なことだって分かってるよ。
だけど、違う。
問題はそこじゃないんだろ?
…加賀が、あんたに嘘をつける男だってことだ」
――『峰岸先生とは、学園に入る前からの知り合いだったんだ。
共通の知人がいてね』
『それだけ?』
『…それだけ、だよ』
「……っ」
耳を、塞ぎたくなった。
だけど彼は、容赦がない。
向上先生の冷たい声が、ぽたり、落ちてくる。
「あんたがどんなに加賀を好きでも。
加賀にとっては、簡単に嘘をつけるちっぽけな存在なんだよ。 ……凛々ちゃん」
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