彼は容赦がない。

9/9
前へ
/244ページ
次へ
ずっと、ずっと見ないようにしてきた現実を、よりによってこの人に突きつけられるなんて。 高雄が私に構うのは、そうせざるを得ない立場だから。 彼にとって私は、その枠を取り払ってしまえば何でもない女の子だということを、私はとっくに知っているのに。 こうして他人に確認させられると、それが一気にリアルに影を落とすのは、どうしてだろう。 自分でも分かるほど傷付いた目をして向上先生を見ると、彼は、深く息を吐いた。 「こんなのはまだ、序の口だ。 …加賀はまだ、あんたに言っていないことがある」 「………」 「それは間違いなく、あんたをボロボロにすることなんだよ。 そうなる前に早く加賀なんか忘れろ。 …俺が、救ってあげるから」 ――もう、向上先生の言葉は、すんなり頭には入ってこなくて。 虚ろに窓の外を見ると、見慣れた風景があった。 私の家の少し手前の路肩にハザードランプを点けて停車すると、私はのろのろとドアに手をかける。 「……送って頂いて、ありがとうございました」 「……」 俯いたままそう言って、ガチャリ、ドアを開けると、 「待って」 向上先生が、前を向いたまま、呟いた。 「……俺は、信用のない男だけど。 凛々ちゃんが苦しむのを見たくないって言うのは、本心だよ」 「……」 「…凛々ちゃん」 「……はい」 「俺の名刺、まだ持ってる? パーティーで渡したやつ」 少しだけ顔をこっちに向けた向上先生に、黙って頷いた。 「辛くなったら、電話してね。 ……いつでもいいから」 ――その言葉は、言い方こそ軽いものだったけど。 何故かいつものようにはぐらかすことは出来ずに、私は目を伏せて、はい、と小さく答えていた。 .
/244ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3613人が本棚に入れています
本棚に追加