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ずっと、ずっと見ないようにしてきた現実を、よりによってこの人に突きつけられるなんて。
高雄が私に構うのは、そうせざるを得ない立場だから。
彼にとって私は、その枠を取り払ってしまえば何でもない女の子だということを、私はとっくに知っているのに。
こうして他人に確認させられると、それが一気にリアルに影を落とすのは、どうしてだろう。
自分でも分かるほど傷付いた目をして向上先生を見ると、彼は、深く息を吐いた。
「こんなのはまだ、序の口だ。
…加賀はまだ、あんたに言っていないことがある」
「………」
「それは間違いなく、あんたをボロボロにすることなんだよ。
そうなる前に早く加賀なんか忘れろ。
…俺が、救ってあげるから」
――もう、向上先生の言葉は、すんなり頭には入ってこなくて。
虚ろに窓の外を見ると、見慣れた風景があった。
私の家の少し手前の路肩にハザードランプを点けて停車すると、私はのろのろとドアに手をかける。
「……送って頂いて、ありがとうございました」
「……」
俯いたままそう言って、ガチャリ、ドアを開けると、
「待って」
向上先生が、前を向いたまま、呟いた。
「……俺は、信用のない男だけど。
凛々ちゃんが苦しむのを見たくないって言うのは、本心だよ」
「……」
「…凛々ちゃん」
「……はい」
「俺の名刺、まだ持ってる?
パーティーで渡したやつ」
少しだけ顔をこっちに向けた向上先生に、黙って頷いた。
「辛くなったら、電話してね。
……いつでもいいから」
――その言葉は、言い方こそ軽いものだったけど。
何故かいつものようにはぐらかすことは出来ずに、私は目を伏せて、はい、と小さく答えていた。
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