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「風呂に入れ」
離れに帰った私を見て、開口一番、高雄はそう言った。
私の頭にバサリとタオルをかけて、脱衣場まで手を引かれていく。
「傘、持って行ってなかったの?」
「……」
髪の毛をわしわしと拭く高雄が、怪訝そうに呟く。
…傘は向上先生の車の中に忘れて来たな、と、ぼんやりと思い出したけど、私は何も言わなかった。
『傘、いいの? 濡れるよ』
車を降りて歩き出す私の後ろから向上先生がそう言った気がしたけど、多分、その時は耳に入らなかった。
振り向かずに家に向かう私に、向上先生はそれ以上何も言わず、静かに車を走らせた。
――高雄の顔を見たら、どうなってしまうんだろう。
そんなことを、漠然と考えていたはずなのに。
「……たかお……」
ゆるりと顔を上げた私に、高雄は少し屈んで目線を合わせる。
私を労るような優しい目に、ひどく安心した。
「なに?」
「………」
「お嬢?」
「……ただいま……」
「……」
高雄は、ふっと笑った。
「おかえり、お嬢」
――だけど顔を見たら、どうだろう。
私はどうしたって、高雄が恋しいだけで。
この嘘つきなオオカミは、私の気持ちを解放しては、くれない。
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