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「……」
高雄は小さく目を見開き、微かに口角を上げた。
そして、掠る程度のキスをして、
「…お嬢」
「なに…?」
「俺、この前、ちゃんと教えたはずだけど」
「……高雄も、男だってこと……?」
「…なんだ。 忘れたのかと…」
「忘れてないよ。 でも…」
唇の距離は、息がかかるくらい。
ぼやけるほどの近さで、私は、真っ直ぐに高雄の目を見つめた。
「私が望むことは、なんでもしてくれるんでしょ…?
高雄のキスが安定剤なんだって、言ってるだけよ…」
「……」
「高雄だってオオカミになれること、忘れたわけじゃない。
だけどこれは、…そんな色っぽい意味じゃなく、…“大事なお嬢”が安心するための手段だって、割り切りなさい」
高雄の口元からは、笑みが消えて。
私の目からは、ぽろりと一筋、涙が零れた。
「……じゃあ、ひとつだけ、約束」
「……なに…?」
顔の距離を保ったままで、高雄は私の涙を拭う。
「他の男の前で、そんな目、見せちゃダメだよ」
そう言って、被さるように重ねられた唇。
『好きなだけじゃ、どうしようもない恋もあるんだよ』
『加賀にとってあんたは、簡単に嘘をつけるくらい、ちっぽけな存在なんだ』
しっとりと湿っていくそれに、どうしようもない幸せを感じながらも。
どこか虚無な想いで、美鈴と向上先生の言葉を、思い出していた。
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