3613人が本棚に入れています
本棚に追加
/244ページ
「電話ありがとう、凛々ちゃん」
「………」
本当に、どうかしてる。
私はどうして、……この人にすがってしまったんだろう。
高雄に置いていかれて。
私はぼんやりとした意識のまま、向上先生の携帯に電話を掛けてしまっていた。
『はい、向上です。
どちらさまでしょうか』
7コール目で発信音が途切れ、彼の声を聞いたとき、私は何も言えなかった。
向上先生に私の携帯番号は、教えていない。
知らない番号から掛かってきた電話で、しかもだんまりを決め込んでいる相手に、向上先生は暫く、様子を窺っているようだった。
だけど、さすがと言うべきか。
『……凛々ちゃん?』
ふ、と笑いを含みながら、ぴたりと言い当てた向上先生。
私はそれでも何も言えずに、――このまま切ってしまおうか、と思った矢先に。
『加賀が、出掛けたんだね』
「……っ」
『何も言わなくていいよ。
……そうだな。20分後に、この前別れた場所で待ってて』
「……で、も……」
やっと、声を出せた。
だけどすぐに、向上先生が口を開く。
『俺の車に忘れてる傘、返しに行くよ』
――それはきっと、例えるなら。
パンドラの箱を開ける合言葉だった。
最初のコメントを投稿しよう!