パンドラの箱を開けるとき

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「電話ありがとう、凛々ちゃん」 「………」 本当に、どうかしてる。 私はどうして、……この人にすがってしまったんだろう。 高雄に置いていかれて。 私はぼんやりとした意識のまま、向上先生の携帯に電話を掛けてしまっていた。 『はい、向上です。 どちらさまでしょうか』 7コール目で発信音が途切れ、彼の声を聞いたとき、私は何も言えなかった。 向上先生に私の携帯番号は、教えていない。 知らない番号から掛かってきた電話で、しかもだんまりを決め込んでいる相手に、向上先生は暫く、様子を窺っているようだった。 だけど、さすがと言うべきか。 『……凛々ちゃん?』 ふ、と笑いを含みながら、ぴたりと言い当てた向上先生。 私はそれでも何も言えずに、――このまま切ってしまおうか、と思った矢先に。 『加賀が、出掛けたんだね』 「……っ」 『何も言わなくていいよ。 ……そうだな。20分後に、この前別れた場所で待ってて』 「……で、も……」 やっと、声を出せた。 だけどすぐに、向上先生が口を開く。 『俺の車に忘れてる傘、返しに行くよ』 ――それはきっと、例えるなら。 パンドラの箱を開ける合言葉だった。
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