パンドラの箱を開けるとき

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「分かった?」 「………」 ハンドルに腕を乗せて前に乗り出していた向上先生が、トサ…とシートに寄りかかる。 「あれが現実。 加賀高雄は、あんたに嘘をつくこと、何とも思ってないんだよ」 「………」 「凛々ちゃん。 あの男をどんなに好きでも、きっと――最後には、切り捨てられる」 不思議と、涙は出なかった。 今までの高雄と、今みた光景と、向上先生の言葉とが、ぐるぐると回ってる。 「……そ、っか……」 「………」 「……そっか……」 高雄と峰岸先生が入って行った勝手口のドアを見つめながら、それだけ呟いた。 向上先生は暫く黙って、そして、車のエンジンをかけた。 ヘッドライトがついて―――パッと照らし出された、『ひまわり園』という文字。 「……私……」 それを横切り、車が加速を始める。 「これから、どうしよう……」 「………」 「今まで通り、…高雄とやっていけるのかな……」 「………」 向上先生は、ただ黙って、車を走らせる。 流れていく外灯を、ひとつ、ふたつと目で追いつつ、私は、何故か美鈴のことを思い出していた。 『好きなだけじゃ、どうしようもない恋もあるんだよ』 だけど、この言葉の本当の意味を知るのは。 もう少し、後のこと。
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