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洋介さんは薄く笑ったまま、向上先生を視界から私を遮るようにして立つ。
「まあ、そいつじゃ役不足なら、俺はいつでも待ってるからね。
相手は誰でもいいから、さっさと加賀を忘れることだ」
「……加賀さん?」
洋介さんの背中が、ピクッと反応した。
「凛々ちゃん、傘」
「…あ、」
向上先生が、すっかりその存在を忘れていたクリーム色の傘を差し出すと、私が動くより先に、洋介さんがそれを受け取る。
「確かにお嬢さんは受けとりましたので、どうぞお帰り下さい」
「はいはい、失礼しました」
相変わらず穏やかな口調の洋介さんに、軽く肩を竦める向上先生。
洋介さんが開いているドアを閉めようとした時。
「凛々ちゃん」
向上先生が少し体をずらしながら、洋介さんの後ろにいる私を覗き込む。
「最後に。
加賀の父親は、生きてるよ」
「―――」
洋介さんの手が、一瞬だけ戸惑って。
だけど振り切るように、バンッと助手席のドアを閉めた。
それと同時に、車は走り去る。
「………」
「お嬢さん」
車のテールライトが見えなくなって、洋介さんの低い声が、私を呼ぶ。
「………」
「凛々」
「……あっ」
『凛々』と強く呼ばれて、洋介さんが目の前で指をパチンと鳴らす。
ようやく、ハッと我に返った。
「…あ、…よう、すけさ…」
「何があったの?」
優しく訊ねる洋介さんに、私は思わず、瞳を揺らした。
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