お似合い

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もう一歩踏み出して、角を曲がれば選択授業が行われる教室がある、というところ。 聞き覚えのある声が微かに聞こえて、慌てて角に身を引っ込める。 …やっぱり、高雄だ…。 そぉっと顔を覗かせて向こう側を確認すると、高雄が教室のドアに寄り掛かりながら誰かと談笑していた。 …やけに楽しそうだけど、一体、誰と話してるんだろ。 ふわふわのウェーブヘアが揺れて、制服を着ていないという以外でも、後ろ姿だけで相手が誰かが分かる。 ……峰岸先生……。 腕を組んでどこか気を許した雰囲気の高雄に対し、峰岸先生は楽しそうに笑い声を上げている。 ……あれ? なんか、あの雰囲気って…。 声は聞こえるものの、話の内容までは聞き取れない。 だけど、時折峰岸先生が高雄の肩を軽く叩いたり、それに対しての高雄の表情といい……。 高雄は臨時講師になる前から学園には出入りしていたから、お互いに顔見知りではあったんだろうけど。 「……」 生徒たちに囲まれてるときの、いわゆる“営業スマイル”とは違う、高雄のくだけた笑顔。 どうしてかは分からないけど、私しか知らないはずの眼差しが峰岸先生に向けられていて、胸に鈍い痛みが広がっていく。 …なんだろう、この感じ。 同時に、得体の知れない焦りのような不安が私に襲い掛かり、手にしていた日本文学の資料をぎゅっと胸の前に抱いた。 私の存在には気が付かない二人は時計を確認するそぶりを見せながら、私と反対側の方へ肩を並べて歩き出した。 高雄の手は、まるでエスコートするように峰岸先生の背中に添えられていた。 「…っ」 喉の奥に、何か苦いものが通ったような。 絵になる二人の後ろ姿を見送りながら、『お似合い』ってこういうことを言うんだ…なんて、馬鹿なことを考えた。 .
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