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いつも運転手を勤める高雄は、今日は一緒に演奏するため、私の隣に座っていた。
…袴姿じゃ、運転出来ないもんね。
黒に近い赤紫色の紋付の着物に、漆黒の艶のある袴。
久しぶりに見た『生田流師範』の高雄に、私はドキドキを隠せなかった。
運転を洋介さんに任せた高雄は、会場に車が停まると、いつものように私の手を引いてエスコートする。
その凛とした佇まいとスマートな様子に、会場にいる人たちの視線が集まるのが分かる。
きらびやかなドレスを身に纏う女の人たちが、頬を赤らめながらも、目を輝かせている。
「……」
それが何となく面白くなくて、そして、やっぱり未だに慣れない大人の空間に顔を強張らせた私の手を、高雄がくいっと引き寄せた。
「お嬢。
笑顔だよ」
耳元で、囁くように。
カーーっ、と顔に熱が上がるのが、自分で分かる。
そんな私を見て、高雄は小さく笑いながら、すっと前に視線を戻した。
「…高雄?」
そのまま歩き出すと思っていたのに、その場に立ちすくんだままの高雄をキョトンと見上げたときだった。
「やぁ。
凛々さん、こんばんわ」
私たちの正面に、スーツを素敵に着こなす中年の男性が立っていた。
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