3614人が本棚に入れています
本棚に追加
洋介さんが表に車を回して待っていてくれて、そのまま後部座席に乗り込む。
ようやく、本当の意味であの空間から解放され、私は呼吸を整えるように息をついた。
…ただ、からかわれただけ。
胸を抑えながら、きゅっと目を閉じる。
『袴姿の彼は、止めたほうがいい』
その意味を問うなんて、私が高雄を好きだと認めてるようなものなのに。
…だけど。
彼の目が、怖かったのだ。
…まるで、私を責めるような…。
『報われない恋に疲れたら、いつでも連絡ちょうだい』
『君が望まないにしろ、近いうちに、また会えるよ』
…彼とは、初対面なはず。
なのに、あの、私を標的にしたような、言葉と瞳。
「……」
そっと、目を開ける。
無意識に握りしめ、シワだらけになってしまった、彼の名刺に視線を落とす。
――向上 一樹 (こうがみかずき)
華やかなパーティーの中に潜んでいた、小さな、黒い渦。
やがて、それは静かに、嵐に形を変えていく。
――彼との出会いが、私と高雄の関係に変化を巻き起こすなんて、
この時は、知らないでいた。
.
最初のコメントを投稿しよう!