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「経営学の講師、遅いねー」
そのままボンヤリと、噴水の水しぶきに目を奪われていると、恵那が退屈そうにつぶやいた。
黒板の上に取り付けられた壁掛け時計に目をやると、始業時間から既に10分が経過している。
「…ほんとだ」
「この授業だけ今週からだし、初日から遅刻だし。
経営学の講師は、自分勝手なお坊ちゃま育ちだわ、きっと」
サラっと毒づく恵那に苦笑いをしながら、そういえば、経営学の講師の名前を知らないことに気付く。
プリントに書いてあったけど、特に気にせずスルーしてた気が…。
まあ、自己紹介くらい、するよね。
そんなことを考えていると、教室の扉が、カラカラカラ……、と開かれた。
「…えっ!?」
思わず声を発して、慌てて両手で口を塞ぐ。
けど、私の奇声に反応したのは恵那くらいで、他の生徒はその人物に釘付けになっていた。
途端に、色めき立つ教室。
日本文学の授業で高雄が入って来たときと同じ。
デジャヴュみたい。
…う、嘘だぁ…。
サァッと、血の気が引いていく。
高そうなスーツを着崩し、茶色の髪を揺らして教壇に上がるその人は、…出会った時と同じく、美しい笑みを浮かべていた。
それはもう、…恐いくらいに。
「遅くなって、申し訳ない。
あんまり校内が広いから、迷っちゃって」
眼鏡の奥の瞳を細めると、生徒たちがキャーっ、と小さく黄色い悲鳴を上げた。
彼は、その様子を楽しそうに見渡すと、
「始めまして。
向上 一樹と言います」
私に、ピタリと視線を留め、笑った。
私にとって、これは、『晴天の霹靂』。
ただ、2回目のそれは、笑えなかった。
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