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俺は学食で一人昼飯を食いながら参考書を開く。
やばい、ぜんぜん解らない。最近仕事が忙しくて、ほとんど大学に顔を出せていない。今日は久々に講義に出席したが、さっぱり内容がわからん。友達連中は俺が大学を辞めたと思ったらしい。単位の心配をされた。単位、やばいな。だいたい出席がやばい。仕事減らしてもらうか。
父親の仕事を継ぐために、父親の務める会社で働き出した。初めての事ばかりで、疲れるし、変則的に引っ張り出されるので大学に来れない。でも、仕事も大学も辞める訳にはいかない。父親の立場を考えると、顔を潰す訳にはいかない。
はぁっとため息を吐く。就職先は決まっているので、その点については心配がない身分ではあるが。ガタンっと音がして向かいの席に誰かが座る。
うつむいて参考書を読んでい俺は、(考え事してたけど)危うく顔をあげそうになった。が、やめた。誰だか分かったから。職場の人だ。父親の部下で俺の上司。
この人には、いろいろ世話になっている。仕事が忙しくてほとんど俺と顔を合わさない父親から俺を預かって、俺を一人前にしようとしてくれているんだけど、俺は正直滅入っている。
また、仕事だ。向かいの席の人物は何も言ってこない。俺が顔を上げるのを待ってるのか。俺は気付かない振りで、参考書をめるく。
コーヒーの匂いがする。コーヒーを飲んでるのか。しばらくしても、声を掛けてこない。
ああ、まったく。この人と根競べなんかしても時間の無駄だった。俺がどうにかできる相手じゃない。諦めて自分から声を掛けた。でも、顔は上げない。せめてもの抵抗。
「何か用ですか、和泉さん。」
「それを読み終わってからでいい。大事な話がある。」
淡々としている。いつもの事だ。
「いいですよ、どうせ読んでもわかんねーし。 珍しいですね、わざわざ訪ねてくるなんて。」
俺は観念して顔を上げる。
和泉さんは横向きに座っている。端正な横顔、黒縁のめがね、整えられた黒髪。高級そうなスーツ。完璧という言葉が似合う。エリート。たぶん歳は30代前半ってとこだ。よくは知らない。
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