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「すぐに乾かしましょう」
「え」
そういってボーイが掴んだのは私の腕。呆然とするチャラ男を残して私はボーイに引っ張られるようにしてその場を後にした。
「じょ、冗談じゃないよぉ!何が手が滑っただよぉ!濡れたの俺だよぉ!店長呼んでよぉーっ!」
*
「あのー、水かかったのはあっちの人だよ?あっちの…、ねぇねぇ聞いてよ」
無言のまま私の手を引くボーイが、初めてこっちに振り向いる。そして歳の割に合わないような、無邪気な微笑みを浮かべた。
「知ってる」
ド キ
「(ドキ?)えっと…、」
なんだろう、これ。心臓が痛い。
*
「知り合いを…?」
「えぇ。トリスタ様の知り合いにこのお届け物を渡さないと駄目なの。…久しぶりだから顔が変わっちゃったのかしら」
「ふーん」
スタッフオンリーの扉の前。路地裏には黒猫の親子が仲良くおやすみ中。見上げた四角い空には綺麗な三日月。身を隠すようにして体育座りをしている私達を嘲笑っているみたい。
相変わらず薄暗いけど、同じように石段に並んで座っているボーイは格好良かった。先程の微笑みが嘘みたいに無表情だけど、私の目を覗きこむような話し方になんだか気持ちがこそばゆくなる。
ふわふわ、ボーイの亜麻色の髪が夜風に揺れる。彼からは上品な香りがした。
「その知り合い、なんて名前?」
「クォーク」
「…クォーク?」
彼の表情が変わる。少し驚いているようだった。そして口に手を当ててクスクスと笑いだす。目からは少し涙の膜が。
「ちょっと、なんで笑うのーっ」
「ごめ…、笑うつもりないのに。なんか笑えちゃって…あはは、そっかぁクォークの…。あっれ、なんでこんなにおかしいんだろ…」
本格的に笑いだした。私は困惑するしかない。なんだろうこの人。イメージがコロコロ変わる。
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