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「え?」
騒がしかった雛形が、急に神妙な面持ちで疑問符を浮かべたため、思わず我妻は本を閉じた。
これじゃ隠し事してて動揺したみたいじゃないか、と少し自分に嫌になる。地質学部に勧誘を受けている事を隠しているからだ。
とりあえずそれがバレる事は、小拝と接触しない限りは有り得ないため、雛形に指摘された左手首を見る。
確かに、見覚えのないクローバーの紺色のマークがそこには刻まれていた。
「……何でしょうか」
擦っても消えない。それに覚えもないため、どうやらインクではなさそうだ。
しかし他に何かこんなマークが現れる理由など思い当たらない。別に我妻の能力にはこんな目立つ物はないから。
マークの下にある傷が疼く。そのクローバーはまるで今までの過ちの楔になっているようだ。
あるのは左手首だけで、右手はいつも通りだ。
「落書きじゃないねこれ。もしかして……また新しい被崇者と逢ったりした?」
「あ……いえ……思い当たる節は特にないですね」
一瞬揺らぐ。そうだ、被崇者かどうかは定かではないが、『こっち側』の事情を知る表裏という人間がいた。
果たして表裏とこのマークが関係しているのか。それも定かでない。
「あれ、メールきてる。『天橋立はまだ終わらないけど、ちょっち今からそっちに向かうね』だって。小拝先生から」
ふと竜田が携帯を見ると、そんなメールが入っていた。
また我妻は焦る。小拝に触れられてはならない。
「……すいません、私用事があるのでここで失礼します」
「帰っちゃうの?」
「竜田先輩は立橋先輩を待ってあげてください」
「なっ……べ、別に待ってないわよ!?」
けして体調が悪い訳ではない事を感じさせる冗談を置いて、我妻は退室した。
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