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花弁が池に落ちると、そこに波紋ができた。綺麗な円形が瞬く間に拡大して、縁にぶつかる。
その花弁を細く白い指先で掬い上げる。
大きなその波紋は、まるであの人に見えた。自分がこの池であるとするならば、彼は間違いなくこの花弁だ。
我妻 奏(アヅマ カナデ)は眼鏡越しにその小さな波濤を眺めた。
「……もしもーし?」
不意に放たれたその声と肩を叩く手に思わずビクッと体が反応する。それほど水面に現を抜かしていたらしい。
視線を後ろへと移す。そこには見覚えのない男子が、優しげな雰囲気を引っ提げて見下ろしていた。
見下ろしているのに、見下すような威圧感がない。ほんわかした空気はまさに親愛のような綺麗な言葉を具現化しているようだった。
「な、何ですか?」
「あのぉ……我妻 奏さんですよね?」
「……はい、そうです。あなたは?」
「僕は表裏 叶希(ヒョウラ ハルキ)って言います。我妻さんと同じ磐戸高校の一年生です」
クリーム色のサラサラした髪を女性みたいに掻き分けながら、穏やかで和やかな笑みを向けた。表裏のそれは、今まで人間関係を薄く保ってきた我妻が体験した事のない、新しい印象を植え付けてきた。
彼は誰から見ても間違いなく好印象。丁寧だけど明るい、そんな理想的とも言えるこの性格は万人受けするに違いない。
しかし、我妻はそれに嫌気が差した。それは我妻の人間性が低いからかもしれないが、何故か我妻は表裏を生理的に受け付けなかった。
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