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「えっと……それで、私に何の用でしょう?」
「あはは、よく用があると分かりましたね」
「こんな時間に池の前にしゃがみ込む人間に、何の用もなくふと声をかけたくなるような方はなかなかいないと思いますから」
ほんわか、というよりのろのろという表現が合いそうな様の表裏は、我妻に合わせるようにゆっくりと屈んだ。
相手の目線、立ち位置に合わせる。これはきっと上手く打ち解けるための常套手段なのだろうが、今の我妻にはそれすらも不気味に思えた。
「で、ご用件は?」
「……僕の第一印象あまり良くなさそうですね」
「素晴らしい洞察力です」
「あはは、褒められてる気がしないや」
すると表裏は立ち上がり、足元に転がる石を手に取った。ポンポンと手の平の上で石ころを転がして焦らす表裏に、我妻は不気味に思っていた心が苛立ちに変わるのを感じていた。
「何ですか」
「……実は僕、初対面で失礼なのは承知で、我妻さんにお願いがあってやってきたんです。というか尾行してました」
少し真面目な、しかし相変わらず間の抜けた雰囲気に、ペースを握られそうになる。ヒラヒラと未だに季節外れの桃色の花弁が舞う中で、表裏はにっこりと笑った。
「……お願いとは何でしょう? 場合によっては断りますけど一応聞いておくだけ聞いておきます」
「ありがとうございます。用件は……これ関連です!」
手先で弄っていた石ころ。突然マウンドに立つ球児のように振りかぶった表裏は、それを握って、草食系を代表するような白い腕を思いきり振った。
一般人の我妻は成す術なくそれを呆然と見る。そうして顔のすぐ横を、何かが高速で通り過ぎる光景だけを見詰めた。
素通りした石ころはそのまま直線的に池に着水。そして花弁とは違い、大きな水飛沫を上げた。
「え……」
「我妻さん。あなたを僕達地質学部に迎え入れたく、ここへ来ました」
飛び散る飛沫と我妻の冷や汗が、ブレザーに落ちて混ざり、染みていった。
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