第二章 感情砕破

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「さて……雲ちゃん、準備はいい?」 「いつでも大丈夫です」  まだ発育途中ではあるが、充分女性として認識できる体を前に目を伏せていた二人だったが、その言葉に顔を上げる。  盟神探湯(クカタチ)。太古の、まだ日本が纏まってさえいなかった時代、身滌と同じく邪気の有無を測るために行われていた神聖な儀式。  熱湯に手を入れると、穢れなき者は無傷だが、邪な者は爛れる。それが元来の盟神探湯と呼ばれる儀式だ。  その盟神探湯をあの楔公園の池の水を使う事で、天文学部で言う身滌と同じく祟り主を切り離す、または発現させる事ができる。それを祓うのが地質学部の方針であり、大祈の持論である。  しかし大祈式盟神探湯の場合は、元来の穢れは祟りという事。つまり被崇者が盟神探湯をすれば当たり前のように爛れるのだ。  そんな苦痛でしかない事をやらせるなんて邪道だ、と盟神探湯を否定する小拝。逆に苦痛はなくても祟られるきっかけを招いた過去が身滌の際に周りの者に視えてしまうなんて残酷だ、と身滌を否定する大祈。  二人が対立する大きな理由の一つはそこにある。  ただ、もう一つ。大祈が何故、祟りに関わっているのか。そこにも小拝と対立する理由があるのだが、 「……それじゃあ、始めましょうか」  そんな事は今やどうだっていい。大祈は頭の中から、小拝との因縁と自己の記憶を抹消した。  大祈が静かに合図した瞬間、一つ大きく深呼吸をした雲。  そして、口を真一文字に結ぶと、絶えず湯気が立ち上る程の湯船に、なんと無防備に飛び込んだ。  すぐさま大祈はバスタブに左手を添える。そして、右手には小さな種のような緑の球体。  声を上げられない程熱湯の苦しみに苛まれている彼女を助けるため。  自分の過去を、無かった事にするため。  彼女はそれを、雲にぶつけた。  何故ならどうせ―― 「発動――ラグナロク」  ――森羅万象の生物が死ぬのだから。
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