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わざわざ首を掴むなんて、小拝はやっぱり抜け目ない。
実質立橋の『能力』は密着されては全く意味を為さないからだ。逃げられない上に、逃げようと心の中で考えるだけで掴む力が増す。今のように。
「今のうちに課題は終わらせた方がいろいろと安心よ」
「いたたたた! 逃げないんでそれ以上強く握らないでください!」
「……誰がゴリラババアだ」
「ははは、そんな事思っている訳が……痛い痛い痛い!」
心を覗いたふりをして惚ける立橋に活を入れる小拝は、心の底から立橋が早く課題を終わらせる事を望んでいた。
課題が終わらず単位が取れないまま留年、なんて事になっては困るからだ。
無論一ヶ月休んだくらいでは留年にはならない。しかし、これからもしかすると授業に出れる回数が減るかもしれない。
――『あの娘』が、入ってきたから。
『あの娘』が入ってきた事はつまり、今の平穏な歯車の動きにズレが生じる事が必至である、という事を報せている。
だから『あの娘』が彼に、彼らに接触する前にひとまず学生としての未来を安定させよう。それがひとまず小拝の取った対策だった。
「まぁいいわ。それじゃ完成するまで帰っちゃだめよ。職員室にいるから終わったら呼びに来てちょうだい。もしバックレたら佐保姫ちゃんに三回くらい殺してもらうから」
「冗談ではなく本気な所が本当に悪質ですね」
意気消沈、という具合に頭を抱えながらパソコンの画面を睨み直す立橋を置いて、小拝はファイルを片手に職員室に向かった。
そのファイルはけして授業に関係する物ではない。それ以上に今大切な、身滌をした在校生のデータが載ったファイルだ。
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