序章

2/2
前へ
/9ページ
次へ
 あたしが中学校一年生の時、五才上の兄は手首を切って死んだ。  自殺だった。  お風呂場の、冷たいタイルは、兄の体から溢れる大量の血で、真っ赤に染まっていた。  揺すろうとして触った肌は、とても冷たかった。  息はしていた。  あたしが兄を見つけた時、兄はまだ生きていた。  けれど、救急車で病院に運ばれた時にはもう、兄は死んでいた。  死因は、出血死。  兄が自殺をはかった理由は、今となってはわからない。  父は大学受験から来るストレスじゃないかと言っていたけれど、それだって推測にすぎない。  大好きな兄が死んで、しばらくはたくさん泣いた。  あの日から、もうすぐ四年が経とうとしている。  思い出しても泣かずにいられるし、こうして誰かに話せるようになった。  ただ、一つだけ。  心の中にシミのようにこびりついて拭えない、疑問があった。  もしもあの時、溢れる血を止めるすべがあったなら。  ぱっくり開いた傷口を、塞ぐことができていたら。  兄は今もあたしの隣で、穏やかに笑っていたのだろうか――。
/9ページ

最初のコメントを投稿しよう!

21人が本棚に入れています
本棚に追加