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未だ少女の面影のある女は、
真っすぐに頭をもたげて 前を
見ていた。
凛とした涼やかな瞳は その実、
何事にも興味が無く 何を見た
いでもなく ただ虚に開いているだけなのだ。
いつまでも二人の間には沈黙が横たわり続ける。
それに耐えきれなくなって 彼女の名を呼んだ。
だが、一切反応は無い。
『奥方様?どうかなさいました
か?旦那様が…』
お呼びですよ、と言いたかった
のだろうが 唐突に睨みつけられたメイドは息を呑んだ。
『誰が奥方様ですって?』
一見穏やかに、にこやかに発した言葉には 無数の棘がある。
ひっ…、と喉の奥で叫んで メ
イドは あたふたと部屋から出
て行く。
『あ~あ、罪の無いメイドを威
すなんてヒドい奥方様だな』
その言葉に神経を逆撫でられた
彼女はギラリ、光る緑の瞳を
こちらに向け 怒りをこらえて しゃがれ声で言う。
『…誰が 奥方、なのよ?』
そりゃあ、お前に決まってるだ
ろ、と呑気に返そうとしたとたんに察した彼女がギュッ、とテーブルクロスを握った。
『茶番もいい加減にしてッ!』
握ったリネンを力まかせに引きながら 彼女は叫ぶ。
美しく整えられた朝食のテーブルは床に落ちて 台なしだ。
『この結界を解いて!私を帰ら
せて!』
溜め息をつき ついでに頬杖をつき、彼女を見つめ返す。
『そいつぁ、無理な相談だな
先代の領主との取り決めだ
館の結界は解けない』
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