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空気は乾燥していて、時々、耳を触る風は冷たかったけど、良い天気だ。
空は高く、
遥かに薄い。
その下で、俺は立っていた。
見つけた。
ここだ。
腕時計を家に忘れてきた。
いつもなら忘れないのに、今日に限って忘れてきた。
携帯を持っているから、そんなに重大なことではないけれど、今、無性に時間を確認したくなった。
でも、携帯の電源を入れるのは、まだ嫌だ。
そっと、
ネームプレートの文字を、人差し指でなぞってみる。
銀色のそれは氷の様に冷たかった。
気温はきっと10度以下。
でも、俺の頬は火照っていて、耳まで暑い。
目の前に、
とうとう。
チラリと、インターフォンに目が行ったけれど、指先はネームプレートに留まったまま、動かなかった。
―お前、何しに行くの?―
全然、考えてなかったよ。
翼。
突然、リフレインした親友の言葉に、ふ、と、自嘲気味の笑みが零れた。
俺は冷たくなった指先を引っ込め、ポケットに隠す。
家に居るだろうか?
つい、と、視線を泳がせ、家の様子を軽く伺ってみたけれど、中の様子はよく分からなかった。
一歩、二歩、後ろに下がって、2階建ての家の全体像を視界に入れてみる。
ここに住んでるんだ。
いつの間にか、持っていた地図をくしゃくしゃに握り締めていた。
カサリと、それを広げて裏返す。
そこには、ここの住所がメモられていた。
母に届けられた手紙を、勝手に拝見して探し出したのだ。
インクは汗で滲んで、手のひらに黒を付けた。
絶対平気だ。と、思っていたけど、緊張しんじゃん。俺。
胸の深くで息を吸って、
ゆっくり鼻から吐く。
それから、カシュ、と、また一歩、後ろに下がった。
落ち着け。
居ないかもしれないじゃんか。
休みだし。
そうそう、休みだから、家族で出掛けてるかも。
家族で。
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