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黒いコートをきた若いOLさんのようだ。
身長は高めで、華奢な印象を受けた。
雨は降り出している様で、コートや髪は濡れてしまっている。
私はおしぼりとタオルを渡し、コートを預かった。
「雨…ひどいみたいですね」
「ええ、予報では晴れだったはずなんですけど…本当、当てになりませんね」
彼女は濡れた髪をタオルで拭きながらはにかんで笑った。
私も笑みを返し、新しい温かいおしぼりを渡した。
「いきなり降られちゃって、ここにお店があって助かりました」
彼女はまだ濡れている髪を触り、恥ずかしそうに微笑んだ。
「こんなお店でよかったら、どうぞ雨宿りしていってください。
気まぐれな雨のせいで体も冷えたでしょうから、温かい飲み物をどうぞ。
メニューになくとも構いませんから」
冷えて赤くなっている彼女の手に目を移し言った。
「すいません…じゃあホットミルクいただけますか?」
「かしこまりました」
ミルクを温め、
少量の砂糖を入れ
シナモンスティックを挿し、彼女に差し出した。
「ありがとうございます。
これが一番温まるんですよね」
カップを両手で持ち温めながら彼女は話し出した。
名字は木崎様。
名前は知らない。
名前は聞かない。
お客様が言ってくれたのであればそれを忘れない。
決してこちらから聞くことはしない。
今日は仕事で嫌な事があったらしく、憂さ晴らしに飲みに行こうと思っていたら雨に降られ、踏んだり蹴ったりだったそうで、この店を見つけて、神様なんて信じないと馬鹿にしてたけど神様はまだ私を見捨ててなかったと笑った。
「ここには神様も仏様も入れません。
入れるのは"お客様"だけなのでご安心ください。
神様の悪口もあのドアが外に行かないように塞いでくれますから」
と私は微笑んで言った。
BARの重厚なドアは俗世と店の中という異空間を繋ぐ扉。
一見来るものを拒むように佇んでいますが、"店と俗世を隔てる"という意味で重厚な扉なのだ。
彼女は笑みを浮かべ、カップを飲み干した。
「なにかこの雨を吹き飛ばすようなお酒いただけますか?」
「かしこまりました」
意地悪そうな微笑みを浮かべて言う彼女からは、温かな人間性を感じられた。
コリンズグラスに
エラドゥーラレポサド30ml、
オレンジジュースUP、
グレナデンシロップ2tspを静かにグラスにそそぎ入れ、オレンジを飾る。
「お待たせしました。
テキーラサンライズです」
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