‐ドア‐

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「いるんですよぉ。 酷いバカ男は実在するのです!」 なんだか自慢げにそう言い切る木崎様は底抜けに明るい人に見え、いい話しではないのに心がホッとした。 「あらー、もうこんな時間! 明日寝坊しちゃう!! じゃあマスターお会計お願いします」 私は微笑んでお辞儀をし会計を済ませた。 「ああそうだマスター! 私の下の名前、舞だから! また明日寄ります!」 「かしこまりました。 お待ちしております」 木崎様は元気に帰って行った。 困った問題を私に残して… その問題とは、彼女が何かをしでかしたわけでもなんでもない。 木崎様が最後に残した言葉が問題なのだ。 何かというと、呼び方である。 本来名字で呼ぶものだが、木崎様は最後に"舞"だからと言い残した。 きっと名字で呼ばれるよりも名前がよかったのだろう。 人はみな社会に出てしまうと"名前"で呼ばれることは、ほぼなくなってしまう。 会社の同僚に呼ばれるのも、上司に呼ばれるのも、取引先、美容院、ご近所様など… 全て名字で呼ばれ、ごく一部の人間しか名前を呼ばなくなる。 私においては基本の呼び名が"マスター"だからほとんどの人が私の名字すら知らないことになる。 たまに古い友達と会うと安心するのは、彼等が"私"を知っているからではないだろうか… 木崎様も私と同じ寂しさを感じているのであれば"舞様"と呼んだ方がいいのだろうか? だがこれが私の勘違いで、馴れ馴れしいと思われてしまうだろうか… そんなことを考えているうちに時間は思ったより流れていた。 「そろそろ…お店しめるかな」 私がドアの方へ歩きだしたとき、 (カランカラン) ドアの鐘がなった。 「いらっしゃいませ」
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