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男に付き従ううち、幼いヤトは男が定期的にある場所のある山へ立ち寄ることに気づいていた。そしてそこへ赴(おもむ)くと男は決まって、夜、何かに耳を澄ませるような仕草を見せるのだった。むろんそのときのヤトが知るはずもなかったが、今のヤトがそうであるように、彼もまた『夜行』を――『輿』を追い続けていたのだった。
そうして三年が過ぎ、いつしかヤトは男を、師ではなく父と呼ぶようになった。
ヤトは土間に立って自分を見上げる黒髪の少女を見たとき、ある予感を抱いたのだ。この娘は恐らく自分と同じモノになる。なろうとしている。人よりもずっと獣に近く、ぬくい夕餉(ゆうげ)の匂いよりも、むせ返る緑の息吹の方にこそ心躍らせるモノに、なろうとしているのだと。そしてきっと自分は、この娘を愛するようになるだろう、と。
皮肉にも予感は、違わなかった。――どちらも。
ヤトは冷えきったイザヤの体を抱きながら思った。胸に開いた穴から血が流れきってしまったからだろうか、それは枯れ木のごとく軽かった。これが先ほどまで息をしていた人間であるなど嘘のようだった。
ヤトの隣には、巨大な白い球体が転がっていた。『輿』である。腹に穿(うが)たれたいくつもの穴からは、どくどくと、白い乳のようなものが流れ出していた。ついに彼は仕留めたのだ。『輿』を。幾百という狩人たちの命を呑み込み、彼から父を奪っただけに飽き足らず、彼の愛する者をまた一人奪い去った異形を。
父を失ってから、一生をかけて追って来たはずだった。それ以外など、一度とて望んだことはなかった。だというのに、ヤトはようやく仕留めた獲物を前にして、微塵(みじん)の喜びも覚えることができないでいた。代わりになにやら重みの感じられないごわごわとしたものを胸の中に詰め込まれたかのようだった。
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