夜行の蜂

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   真夜中の山で何処からか蜂の羽音が聞こえてきたら、音のする方向に耳を澄ませというのは、ヤトに狩りを教えた男の最後の言葉だ。もしもそれがこちらに近づいてきているようだったら、地に臥(ふ)せて耳を塞ぎ、ゆっくりと千数えるのだと。そう最後に言い残して山に入ったきり、男は二度と戻らなかった。  山の獣どもがヤトに返して寄越したのは、左の中指と奥歯の欠片が一握り。あとは、黒く血が染みついた猟銃だけだった。男が山の中で自らの額を撃って死んだのだとヤトが知ったのは、彼が十(とお)になったばかりのときだった。  そして今、ヤトは男がどうして死んだのかを知っている。男が、何に魅せられてしまったのかを。  なぜなら同じモノを、ヤトも追いかけているからだ。  
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