夜行の蜂

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*  夜の山を歩くとき、ヤトはいつも胎内という言葉を思い出す。重なり合う木々の葉が天蓋を張り、高く生えた藪(やぶ)が視界を遮る。静寂の向こうに獰猛で生臭い何かを押し隠しているその闇は、月が照れば照るほどかえって深まってゆくように思えた。けれどこの静けさの中には、多くの獣たちの――そしてそれ以外の息遣いすらも紛れていることを、ヤトたち狩人は知っている。  家を出てから二刻が過ぎた。痛みを感じるほどの無音が永遠に続くかと思われた頃、唐突にホクトが立ち止まった。ウォン、と小さく吠える。瞬間、辺りの気配が張りつめた。 「きたか」  ヤトは麻袋をまさぐると木の仮面を取り出した。白い肌と紅い紋様。頭の後ろで手早く紐を結ぶと、付けられた獣の毛が髪と混ざり、彼を人間離れした姿に変じさせる。仮面は一度生きもののように脈打つと、彼の耳までをも覆い尽くし、すべての音を遮断した。捕食動物の動きだった。  彼の師は、これを怠ったために発狂して死んだのだ。かつてはわからなかったあの出来事の真相も、ヤト自身が彼と同じモノを追うようになってやっと理解することができた。  蜂の羽音を――聞いてしまったのだ。あの夜の音楽を。それゆえに死んだ。  ホクトと出会わなければ、この場に至ることすらなかったのだと思うと、どこか不思議な心地だった。足音を殺し、ヤトはホクトの待つ方へと向かう。 「しずかに」  
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