夜行の蜂

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   地に伏せった優秀な猟犬はかすかに胴震いしていた。彼自身それが恐怖であるか喜びであるか、ヤトに依拠(いきょ)するものであるか、自分自身の内に発露したものであるか、判然としなかった。ただこの暗い山の中で確かなのは、眼前の獲物と、ともにその獲物を望むヤトと己という、純粋な実在だけであった。そしてそれだけで彼にとっては十分であるのだった。  黒く澄んだ両目は藪を透かし、遠く離れた一点をにらんでいる。 「腹のざわつく眺めだな」  一人と一頭の視線の先には無数の白い人影。月に照りぼんやりと闇に浮かび上がる白い装束は、あるかないかの幽(かす)かな動きで森を渡ってゆく。多くの生を内包した森には似つかわしくない、まるで葬列のような雰囲気は、彼らがこの世ならぬモノであることを寡黙に物語っていた。  人に非(あら)ざり獣に非ず。  彼らは言い伝えが云(い)う『夜行(やこう)』という名の異形である。  
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