夜行の蜂

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* 「待つんだホクト――待て」  ヤトはホクトに声をかけつつ、時を見計らう。 『夜行』の現れるのは月に一度きりの満月の晩。それも曇天ではならず、一晩中雲に隠されることなく月が照っていなければならない。この機を逃すことはできなかった。もし狩り損ねてしまえば山は冬に入り、そうなれば来年まで待たなければならなくなる。流石のヤトにも単独での冬の山入りは危険が大きすぎるからだ。  風はゆるゆると梢を揺らし、月は浩々(こうこう)と深緑へ滴り落ちる。森は声に満たないささやきに包まれていつまでも夜と戯れていそうだ。そんな闇より深い緑の中を、滑るように進んでゆくのは白い影法師の群れ。『夜行』。山の葬列。太古から連綿と続いてきた異形の営み。  そうして眠りにも似た長い沈黙の後で、それはやってきた。 「『輿(こし)』だ」  夜が刹那、身震いをした。  木々の合間から覗く、圧倒的な違和。二列の白装束に担ぎ上げられるようにして現れたのは、『夜行』たちのゆうに二倍はあろうかという大きさのモノ。白い『夜行』が運んでいるのは、純白の球体だった。  ――『輿』の腹には、山のすべてが満たされている。  古くから『夜行』について語られてきた言い伝えは、ヤトの師を含む数多くの狩人たちを夜の山に誘い、殺してきた。多くは彼と同じく山中で死体となって見つかったが、かろうじて村へ帰りついた者も魂を奪われたように廃人同然となり、間もなく自死した。これはふもとの村人なら誰しもが乳飲み子の頃から語り聴かされてきた寝物語であり、それゆえ彼らの心に絶大な恐怖心を植えつけてきている。  
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