夜行の蜂

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   ぐい、と服の裾を引くものがあった。ホクトだ。  やめろ!  押し殺した声で叱りつけ、力任せに牙を振り払おうとしたヤトは、周囲の異変に気づいた。蜂の羽音が、――止んでいる? 本能的な危機感に駆られたヤトはすぐさま『夜行』たちの列へ目を向け、そこに信じがたいものを見る。 「イザヤ――っ!」  足の悪い少女が、ふらふらと、『夜行』たちの方へと引き寄せれてゆく。にわかには理解しがたい光景だった。だが、どうして、という怒りも、どうやってという疑問も、こうなってしまってはもはや意味を成さない。  ――行かなければ、死ぬ。  ヤトは本能の命じるまま走り出していた。その横をホクトが弾丸のように追い越してゆく。『夜行』たちとの距離はかなりあった。ヤトが走る間に、歓喜するようにその白い膚(はだ)を波打たせた『輿』は、再び、今までとは比較にならないほど強く、強く、唄を歌いはじめた。  ヤトがどれほど声を張り上げ叫んでも、イザヤは彼にはまったく気づいていないようだった。両の手を伸ばし、唄に吸い寄せられるようにして『輿』へと近づいてゆくその様は、赤子が母親の乳を求める姿にも見える。 「くそっ」  歯ぎしりをして、ヤトは走りながら銃を構えた。  直後、手元に衝撃が響いたが、『輿』は揺らがない。むろん本来猟銃は走りながら撃つようにはできていない。狙いが逸れるのは当然だった。先行していたホクトも、『輿』を守るかのように押し寄せる『夜行』たちに遮られて、それ以上進むことができないでいた。果敢に白い装束の群れに飛び込むものの、いかんせん数が多すぎる。  
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