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人々は一斉に月を見上げた。白光の中に、更なる輝きが翼を広げたように瞬いている。それまで避難しそこねた者達が、今度こそはと足を早めて王宮内へと入って行く。タニヤザールは、王弟をセヴェリや漸く彼の安全を思い起こした近習達に任せ、ファステリア王と共にその場を去らせた。その際王子がまた首を振ったが、今度は父親の強い命令にあって、従わざるを得なかった。
「センセーは、行かないのかい?」
体の発光が漸く収まったカラックが、大股に近寄りながら訊いた。
「イディン一の竜騎士が引く訳にはいかないだろう?」タニヤザールは顎を反らすと、弟子に微笑んだ。「よく闘ったな」
カラックははにかんだように首をすくめ、そうだ、と言って懐を探った。
「竜石を返さないと」
取り出した石を見て二人は顔を見合わせた。全体に細かなひびが入っており、持ち主の手に置いた瞬間、それは粉々に砕けた。
「ああ、そうか……」タニヤザールは小さく憐れみの笑みを浮かべ、ポケットからハンカチを取り出すと丁寧に包んだ。「済まなかったな」
不思議そうに見ている弟子に気づいて頷く。
「お前も直に分かるようになる」
彼らの傍をエナムスが目礼をしながら通り過ぎ、見習いの元へと向かった。その背を目で追い、カラックが眉をひそめる。
「二人とも血の臭いがぷんぷんだ。特にエナムスが……」顔をタニヤザールに戻して問う。「何があった?」
「分からん。私も今会ったばかりだ」こちらは、月を振り仰いでいる若者と竜使いに視線を向ける。「あの二人が知り合いとはな。どこで会ったか見当がつくか?」
「俺にもさっぱりだ。どうやら別れて、この二、三日の内に何かあったらしい」カラック達も再び月へ目を上げ、感嘆を漏らした。「……また今度は特大級だぞ。あれと闘う事になったら面倒だぜ」
彼の言葉通り、近づいて来るのは尋常な大きさの竜ではない。駆け寄ったエナムスと見習いも茫然と竜を見上げた。自然と山刀へ回された筋切の手に気づき、アシェルがその腕を強く掴む。
「だめだ、親方。行こう、ここにいちゃだめだ……」
見習いは懇願するように腕を引いたが、エナムスは動こうともせず、竜に留めた視線を離さなかった。
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