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――おねむの精霊がきたよ……
子どもが指差した先に、灰色の影と暖かそうな橙色の灯が近づいてきた。
カンテラを持ち、馬橇を引いていた偉丈夫。
――ローティの親子か。すまん、橇(そり)は一杯なのだ。いや、子どもだけでも無理のようだ。乗っている貴族は、お前達が近寄る事さえ否む……悪く思うな。
そうして白魔の中に消えて行った。
この年、イディン中に飢饉が襲った。雪が遥か南の国にまで降り、北国ではすべてが凍りついた。しかも無理をして負った怪我で、筋切の生計(たつき)の道が断たれる。ただでさえ食物の無い中、役立たずのローティに施す者はいない。
小さなクルトは、彼の腕の中でやせ細った。
少しでも南へと山越えの最中、吹雪に見舞われ動けなくなった。
――父ちゃん……歌って
細い声でせがむのを、一杯に抱きしめてそれに応えた。
暗くなり雪が止んだ。
風に流れる雲の間から、こぼれ出る星々。凍る幾千もの光が容赦なく身を貫いた。
それでも歌い続けた。力のすべてを注いで歌を紡いだ。腕の中の魂を満たすために。
東の空が白み、稜線が浮き上がってくる。黄金の光芒が彼らを照らした。
暁の赤と金の光の乱舞。
天が開けたその時、小さな体は息絶えた。
世界は、栄光の輝きの中にあった。
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